夜の電車は嫌いだ。どの顔を見ても疲れきっていて無機質。
朝の電車では綺麗に着飾ったOLを見て今日は誰とデートかしらんといらぬ妄想を働かせる。
「申し遅れました、私はアイザワといいます。長野の海無村というところから東京に憧れて18の時に上京、世田谷に住んでいます。実際は家の周りは雑木林、海無村とあまり変わらない景色ですが見栄を張って周りには世田谷在住で通しています。」
夜のニュースでは、正義感のベクトルがあらぬ方向を向いている法務大臣が死刑執行のサインをしたと、神妙な面持ちで滔々と語ってた。
どうにも胸糞が悪くなったので、ウィキペディアで古今東西様々な処刑方法を意味もなく眺め、悪趣味な想像力を働かせていたのだがモニターに映る文字列からは何一つ現実感が得られず、点けっ放しにしているTVからは90年代のヒット曲を、お中元に何を送ろうか困った挙句相手のことを考えることを放棄して、いや始めから何も考えていないのだろう、そう無理やり詰め込んだハムのセットのようにしたオムニバス盤の喧伝がガタガタ音を立てて流れていた。
会田マチ子という女はそんな音楽が好きだった。
「やっぱり訂正します。世田谷在住というのは真っ赤な方便で、高円寺に住んでます。何の役にも立たない見栄を張ってすみません。」
ハム詰め合わせの音楽が鳴り止んだころ、近所のコンビニに牛乳を買いに行こうと家を出て78メートルくらい行ったところ。
前方に不審者発見。ピー、ガシャ。蛇行して回避します。ドーゾ。
こちら司令塔。了解、細心の注意を払え。ドーゾ。
脳内で男性用香水スプレーのCMに出てくる小さな兵隊が交信を続ける横では、白いパンツを穿いた男が自販機をゆっさゆっさ嬉しそうに揺らし続けていた。あぁ、気味が悪い。ああいう奴にはなりたくないね。
「海無村は今はダムの底に沈みました。
小さい頃駆け回った校庭に1本だけ立っていた桜の樹は何事も無かったかのように伐り倒されました。いつも鼻を垂らして乾いた跡が白くなっていたゲンちゃん、元気かなぁ。」
コンビニで買った牛乳は一緒に買ったあんパンとカルカッタに消化されていった。江戸川区在住のインドの人が江戸川だか荒川だか中川だかをガンジス川だと言ってたが、「いや、違うから」と半分残ったあんパンをポケットにしまいながら言下に否定。
そういえば、自販機を揺らしていた男は帰りにはもういなかった。

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